安倍談話を読んで(聞いて)思ったこと 政治 2015年08月15日 今日は終戦の日です。日本人としてどうかと言われると困るのですが私は特にこの日に何か思い入れがあるわけではありません。小学生の時に広島の原爆ドームに行って原爆の圧倒的威力を垣間見て日本はどう足掻いても戦争に勝つことはできなかったんだと諦めのような感情と同時にそのおかげで(と言っていいのか分かりませんが)今みたいな戦争がどこか遠い世界の話に感じる程度に平和に暮らせているんだなと思ったような記憶があります。個人的には1994年8月6日に戦争は終わったような感覚でいます。昨日安倍談話(70年談話(?))が発表されました。たまたまテレビを点けていたら中継が始まって作業をしながらですが一応最後まで聞きました。そのあと一旦全文を読み直して思ったこと、ネット上(主にTwitter)で見かけたことを交えながら自分なりにこの件について自分なりの解釈でまとめていけたらいいなと思っています。一応自分の立場としては右寄りでも左寄りでもないと思っています。この前の安保に対する立ち位置としては確かに国際的立ち位置を考えるなら法案として進めてもいいけど憲法違反だとかなりの憲法学者が言ってる中で強行したのはいただけないな…という感じです。安倍談話全文はこちらから。今回の安倍談話を理解するにあたって村山談話の理解は不可欠だと思います。今回この記事を書くにあたって初めて読ませていただきました。(村山総理大臣談話-外務省)これだけを読んでも具体的に何が良くないのか分からないので分かりやすくまとめているサイトを見つけたので紹介させていただきます。村山談話とは?簡単に10個にまとめてわかりやすく! | | 日本と愉快な仲間たち村山談話の問題点とは?わかりやすく解説! | | 日本と愉快な仲間たちこの記事によると"内容が曖昧で根拠が乏しい"点が特に問題なのかなと思います。(もう一つの決議に関しては今回スルーします。)一番問題になるのはこの二文でしょうか?私もざっと目を通しましたがここで少しクエッションマークが頭に浮かびました。わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。まずは"遠くない過去の一時期"という文言ですが一体いつなのか...ここに対する回答として今回の安倍談話では世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受け、その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試み、その結果国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。そして満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行った。(少し改変)という風に述べています。少なくとも安倍談話では"遠くない過去"とは世界恐慌から満州事変が起き、そこから先、日本が負けるまで(1945年8月15日)、ということではないのかと私は解釈します。ここで日本の戦争の歴史と世界の歴史のまとめを調べた限りで記載しておきます。1894 日清戦争1904 日露戦争1910 韓国併合1914 第一次世界大戦1929 世界恐慌1931 満州事変1937 日中戦争1941 第二次世界大戦ここでなぜドイツとイタリアが第二次世界大戦に突っ走っていったのか調べてみたら分かりやすいサイトを見つけたので紹介します。第二次世界大戦の原因と終焉をわかりやすく!これを見る限りだとドイツもイタリアも世界恐慌からのブロック化経済の波に乗れなかった被害者なのではないかと思えます。話は戻りますが村山談話におけるキーワードとしては"植民地支配","侵略","お詫び"とでもなるのでしょうか。つまり村山談話は満州事変以降の植民地支配と侵略戦争に対してお詫びをするという意味の文章に捉えられることになります。ここで安倍談話に話を戻すと"植民地"というワードは出てきてはいるものの"日本の"とは一言も言っていません。あくまで世界的な流れとして植民地化が進んでいた(しかも第一次世界大戦まで)と釘を指しています。これは暗に村山談話で出て来た日本の植民地支配を否定した文章になるのかなと思います。"侵略"に関しては"事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。"という文章でしか出てきていないので割愛します。"お詫び"あるいは"謝罪"という言葉は数か所で出てきます。我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫(わ)びの気持ちを表明してきました。日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。どちらも単語としては入っているものの戦争に対する謝罪とはなっていません。謝罪(お詫び)を続けてきたという事実を認めつつこれから先の世代に謝罪を続けさせる宿命を負わせないという発言は自分の政権内で何らかの決着を付けるという意味に捉えていいのでしょうか?この談話全体を通して発言が曖昧な部分が多くてどうしても推し量る事になってしまいます。戦後七十年にあたり、国内外に斃(たお)れたすべての人々の命の前に、深く頭(こうべ)を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫(えいごう)の、哀悼の誠を捧げます。内容としては戦後70年として戦争で失われてしまった命に哀悼の意を示したというところだろうと思いますが"痛惜の念"という言葉が少し気になりました。この言葉に謝罪的な意味合いが含まれているのかと調べてみるとつう‐せき【痛惜】[名](スル)ひどく悲しみ惜しむこと。「友の夭折(ようせつ)を―する」痛惜(コトバンク-デジタル大辞林)となっていました。どうも謝罪的な意味合いはなさそうです。個々から先は殆ど安倍さんの意思表明になっていると解釈したのでこのあたりで解釈についてはおしまいにさせていただきます。謝罪したしない問題は韓国の方でよく話題になっているような気がします。今回の発言で従軍慰安婦問題に対する何らかの公式見解が示されるのではないかと密かに注目していたのですがこれまでの話を総合すると韓国はこの話で一切話題に挙げていないのではないかと思います。ただ戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。という文言が安倍談話に含まれていてこれは従軍慰安婦のことを指しているのかなと始めは思ったのですが先ほどの韓国に一切触れてないことを考えるとそれ以外の事を示しているのかなと考えることができるのでしょうか。最後に感想的なものを…今回の安倍談話の内容はよく考え抜かれたものだと思います。世界的に批判を受けないように当たり障りのない文章を書き上げたような感じがします。実際2日経った現在、国を挙げた非難のニュースは聞きません。寧ろ欧米諸国などは歓迎の声明(参考:戦後70年談話 アメリカ主要紙の伝え方 NHKニュース)を上げています。もちろん今のマスコミが何らかの情報操作をしているのかもしれないしそもそも海外の情報って日本語じゃないから理解しにくい、アクセスしにくい等あるのかもしれませんが…。実際Twitterでも今回の安倍談話について辛口の意見も多かったし個人的なレベルでみると批判はされると思うのですが国として非難しにくい文面になっているとは思います。「今まで十分な謝罪をしたからもう謝罪をしなくていい」と解釈するべきなのか「最後に安倍首相から戦争に対して謝罪の意を示すべきなのではないか」と意見が割れるところではないのかなぁと思います。満州事変から日本の暴走が始まったのは欧米諸国のブロック経済化にあるんだと責任転嫁することで欧米諸国は文句を言えないようにしているし国際世論を味方に付けた形になるのかなと。今まで十分な謝罪を日本はしてきたという国際世論を作ることで韓国は今後謝罪をしろとおおっぴらに要求することは難しくなるのかなと思います。何に対しての謝罪かはどこにも明記されていないのでまたどこかに禍根を残すことになるのかもしれませんが…。竹島の占領問題どうにかならないんですかね…自国の領土も守れない自衛隊ってお飾りって感じがしてきます。国際世論を味方につけたいならもっとアピールしないと韓国にしたいようにされちゃうんじゃないかなぁと思っちゃいます。国として"水に流す"行為はやっちゃいけないんでしょうけど一度戦争をした国が集まって腹を割って話し合ってもらいたいものです。別に偉い人がやる必要はないのかな?各国の学生を集めて…とか?そうやって世界的に納得できる結果に落ち着いてほしいなと思います。なんか最後意識高い系っぽい発言になってしまいました…。最後の方は書くの疲れて雑になってしまいましたがこんなもので。基本的には自分用の覚書です。 PR