天然物資源からの創薬のお話 その他 2015年10月06日 昨日2015年度ノーベル医学・生理学賞の受賞者に日本人から大村智北里大学名誉教授が選ばれました。他の二人に関してはどういう研究なのか把握していないため(プレスリリース読めばいいんですが面倒なので...)そっちには触れません。具体的にどういう研究をしたのか、どういうことが凄いのかってことに関してはマスコミや他の専門家(?)が解説してくれると思うのでそこも省略します。あくまでタイトルのお話を中心にしたいと思います。今回大村先生は静岡県のゴルフ場の土から微生物を採ってきてそこからエバーメクチンを合成する微生物を見つけ、その構造を解明し、改良して犬のフィラリア予防やオンコセルカ症(河川盲目症)を予防する薬へと作り上げました。じゃあ具体的にどういうプロセスを踏んでそういう風に研究が進んだのかを説明してみたいと思います。1.土を採ってきます。どこでも構いません。研究者の中には温泉地や海底から土を採ってくる人もいます。微生物はどこにでもいるのでいろんなところから採ってきた方が多種多様な微生物が得られます。2.採ってきた土から微生物を単離します。土を水などで薄めてから寒天培地の上に撒きます。1gの土に数億匹いるとかいう話らしいので数百~万倍希釈とかにします。そうすると寒天培地上にコロニー(遺伝子的に同じ菌が集まった塊って解釈してください)ができるのでそこから一つだけコロニーを掬い上げます(釣菌って言います)。それを生産培地(菌が何らかの化合物を作ってくれるように調整した培地)に移して培養します。ちなみにこの段階で生えない菌や菌自体もきまぐれで培地の種類によっては何らかの化合物(二次代謝産物って言います)を作ったり作らなかったりするのでここが結構重要な段階になります。3.単離した微生物を培養して活性を評価します。生産培地に入れて時間が経つと菌が増え、二次代謝産物を作り始めます。二次代謝産物を作ったかどうかは目で見ても分からないので自分が活性を調べたい系(例えば抗癌活性とか抗寄生虫活性とか)で活性を調べます。今回のエバーメクチンは生きたマウスに線虫(寄生虫の仲間だと思ってください)を感染させ、そこに培養液を接種して線虫が生きているか死んでいるかで判断しています。細菌だとマウスを使った実験(in vivoといいます)は動物愛護の観点から行うのが難しくなっています。そのため多くの活性評価系では動物を使わない方法(in vitroと言います)を用いています。具体的には言いませんが動物を使わないでもうまく活性評価ができるような系を各研究室(or研究所)でいろいろ工夫しているとおもいます。4.活性があった株から目的の化合物を取り出します。活性があったからといってそれをそのまま薬にできるわけじゃありません。微生物の培養液の中に含まれているたくさんの化合物の中から目的の一つの化合物を取り出す(単離と言います)必要があります。一番よくある手法は「クロマトグラフィー」でしょうか。「JIN」という漫画(ドラマ版しか見ていないので実際は違うかもしれません)で先生がアオカビからペニシリンを抽出したときに布?みたいなのを大量に用意して菌の抽出液を染み込ませてしばらく時間をおいて目的の部分を切り出して…みたいなシーンがあったと思います。要は化合物ごとの構造上の特徴を利用して混ざった化合物を分離する手法だと思ってください。流石にJINみたいに古い手法を使わなくても「カラムクロマトグラフィー」といって筒(カラム)に担体が詰まっていてそこに抽出液を流せば化合物によって溶出時間が違うので簡単に分離できます。(知りたい人はググってください)5.目的の化合物を構造決定します。得られた化合物の活性を評価して活性が確認できたら次にその化合物の構造決定をします。MSを使って分子量を決め、NMR等を使って構造を決定します。場合によってはX線結晶構造解析なども行います。(ここも難しくなるので説明省きます)6.構造の最適化を行います今回はエバーメクチン(avermectin)からイベルメクチン(ivermectin)が合成(半合成か全合成かは把握していないです)されました。半合成はエバーメクチンをスタートとして構造を少し変える合成法で全合成は市販で手に入る簡単な化合物から複雑な化合物を作る手法です。微生物を含む天然由来の化合物は複雑な構造を持っているので全合成が難しい一面もあります。構造を変えることによって活性が上がったり毒性が下がったりします。7.その他一応以上で一通りの流れはおしまいですがそこから具体的に薬として売り出すためには製薬会社の力を借ります。治験の実施や細かい作用機序解析、安定性試験や薬として売り出すためにはいろいろなプロセスが必要になります。最後に...いざ書き起こしてみるとやっている作業自体は単純なのが分かるかなと思います。多分手法さえ覚えれば誰でもできる分野だと思います。(だからこそこのノーベル賞という快挙は予想だにしていませんでした)その分同じような研究をやっている相手は世界中にいるので「早い者勝ち」という要素が多分にあると思います。ただ今回のノーベル賞に選ばれた理由として「エバーメクチンの発見」が重要なのではなくて「エバーメクチンが多くの人の命を救った」というところが重要なのでと思います。多くの人の命を救うために「特許の放棄」や「WHOからの薬の無償提供」なども関わっていることを忘れてはいけないと思います。同じ天然物からの創薬シード探索をやっている身としてはモチベーションが大きく上がった反面今の自分の頑張りじゃまだまだ足りないんだなということを思い知らされました。後でノーベル賞のプレスリリース読みます…今回は殆ど他の情報に当たっていない、自分の経験、想像で書いた部分が多分にあるので気になった人はしっかりと自分で調べてください。 PR